BLOG ブログ

心理的安全性と離職の構造:「建前」と「本音」のギャップが離職を加速させる理由

心理的安全性と対話

2026.09.20

「1on1も導入した。研修も実施した。それでも人が定着しない——」

この違和感を抱く経営者は、少なくありません。前回の記事で見た通り、1人の離職は年間350万〜650万円規模の損失を生みます。対策を打っているのに、なぜ定着しないのでしょうか。

答えの一つは、「心理的安全性」の欠如です。

パーソル総合研究所の調査では、上司との面談で本音を話せている人はごく一部にとどまります。従業員は「本音を言えば評価が下がる」という恐怖を抱え、建前だけを口にしているのです。

本記事を読み終えたとき、手元に残るものは3つです。

  • 心理的安全性が失われる心理的メカニズム
  • 「静かなる退職」に至るまでの5段階
  • 心理的安全性を取り戻すための、具体的な対話の設計
会議で発言できず、押し黙る若手社員

心理的安全性の欠如が生む恐怖:「本音を言うと評価される」

本音を話せていない人が、半数を超える

まず、データから見ていきます。

株式会社パーソル総合研究所が2024年3月に発表した「職場での対話に関する定量調査」(対象:全国の正規雇用就業者6,000名)によると、上司との面談で本音を「2割未満」しか話せていないと回答した人は51.2%。チーム内の会議でも52.1%が同様に回答しました。

さらに、職場内に本音を話せる相手が「1人もいない」と答えた人は50.8%にのぼります。

【出典】パーソル総合研究所「職場での対話に関する定量調査」(2024年3月29日発表)https://rc.persol-group.co.jp/news/202403291000/

半数以上の従業員が、上司にもチームにも本音を明かさないまま働いている。これが、多くの職場の実態です。

なぜ本音を隠すのか——評価関係という構造

理由は、個人の性格ではありません。構造にあります。

上司と部下の間には、評価する側とされる側という関係があります。評価は給与や昇進に直結します。だからこそ、本音を口にすることは、部下にとって実害を伴うリスクになるのです。

同調査では、従業員が職場で本音を話す際に感じるリスクの一つとして「低評価リスク」が確認されています。「本音を言えば評価が下がるかもしれない」という警戒心が、発言を抑え込んでいます。

この構造を図にすると、次のようになります。

本音(弱音・悩み・失敗の報告)
↓
【評価される恐怖】
↓
自己防衛(建前・良い顔)
↓
経営者には「本音」が届かない

この構造がある限り、「もっと本音で話してほしい」と伝えるだけでは変わりません。1on1を制度として整えても、面談の相手が評価者本人である以上、このリスクは消えないからです。

誤解のないよう申し添えます。1on1も研修も、組織の土台として必要な施策です。ただし、それらを整えてもなお「本音が言いにくい」という構造そのものは残ります。制度で解決できる範囲と、評価関係という構造に由来する範囲は、分けて考える必要があります。

「心理的安全性」という概念

この現象を学術的に説明する概念が、「心理的安全性」です。

心理的安全性という概念を提唱したハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授は、1999年の論文で、チームの心理的安全性を「対人関係においてリスクを取っても安全だと、チームメンバーが共有して信じている状態」と定義しました。

【出典】Amy C. Edmondson, “Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams,” Administrative Science Quarterly, Vol.44, No.2(1999年)https://journals.sagepub.com/doi/10.2307/2666999

つまり、失敗を認めても、異なる意見を言っても、「恥をかかされない」「罰せられない」と信じられる状態が、心理的安全性です。

評価関係が支配する組織では、この状態が構造的に成立しにくくなります。

本音が届かない組織で起きていること

本音が言えない組織では、次のようなことが起きます。

  • 重要な問題が報告されず、対応が遅れる
  • 失敗の原因が共有されず、同じ失敗が繰り返される
  • 従業員のストレスが蓄積し、意欲だけが静かに失われていく

経営者の耳に届くのは、いつも「問題ありません」という建前です。しかし現場では、すでに別のことが進行しています。

心理的安全性を失った組織が辿る「静かなる退職」への道

退職は、ある日突然には起きない

心理的安全性が欠けた組織では、退職はある日突然に起きるわけではありません。段階を踏んで進みます。

段階1 本音を言わなくなる(不信感の始まり)
段階2 相談をしなくなる(孤立感が増す)
段階3 意見を出さなくなる(創意工夫の停止)
段階4 最低限の仕事しかしなくなる(心の退職)
段階5 転職活動を始める(物理的な退職)

最初の数ヶ月で段階1〜2が進みます。3〜6ヶ月ほどでモチベーションの低下が定着し、段階3〜4に至ります。そして半年から1年ほどで、段階5の転職活動という行動に移ります。

「心の退職」は、すでに広がっている

段階4にあたる状態は、近年「静かな退職」と呼ばれています。

マイナビキャリアリサーチLabが2025年に発表した調査(2024年実績)によると、必要最低限の業務にとどめる働き方を実践している正社員は、20代で46.7%。50代45.6%、40代44.3%と、すべての年代で4割を超えています。

【出典】マイナビキャリアリサーチLab「正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)」https://career-research.mynavi.jp/reserch/20250422_95153/

組織の半数近くが、すでに「本気ではない状態」で働いている可能性がある、ということです。この状態では、創意工夫もチームワークも十分に機能しません。

なぜ経営者はこの変化に気づけないのか

この変化は、経営者からは見えにくいという特徴があります。

段階4にある従業員の多くは、表面上は真面目に働いているように見えます。遅刻もしない、指示にも従う。ただ、そこに「自分の意見を出す」「改善を提案する」という行動が乗らなくなっているだけです。

この情報格差こそが、離職の加速を招きます。経営者が異変に気づくのは、たいてい段階5——退職の申し出を受けた瞬間です。そのときにはもう、本人の中で意思決定は済んでいます。

心理的安全性を取り戻す対話

なぜ「第三者」なら本音が話せるのか

心理的安全性を社内だけで回復させるのは、簡単ではありません。

理由は明確です。評価する側とされる側という関係が、上司と部下の間には残り続けるからです。どれだけ「話しやすい上司」を演じても、部下の側からは「この人は自分を評価する立場にある」という事実が消えません。

一方、利害関係のない第三者には、この構造がありません。評価にも、給与にも、昇進にも関与しない相手であれば、「本音を話しても実害がない」と感じやすくなります。

利害関係のない第三者と安心して話す従業員

対話が、信頼を少しずつ取り戻す

一度失われた信頼は、組織の内側だけでは取り戻しにくいものです。社内の関係性が変わらない限り、「話しても大丈夫」という感覚は戻ってこないからです。

しかし、第三者との対話を重ねる中で、従業員自身に変化が生まれることがあります。「話しても評価は下がらなかった」という経験が積み重なり、「実は、社内の特定の人になら相談できるかもしれない」という気づきにつながることがあるのです。

第三者との対話は、社内の対話を置き換えるものではありません。社内では踏み出しにくい最初の一歩を、外側から支える役割を果たします。

対話の設計で押さえるべき点

第三者による対話を機能させるには、いくつかの設計上のポイントがあります。

【対話設計の要点】
1. 業務・キャリアに関する悩みの傾聴
2. 本当に大事な課題の見える化
3. 「社内で相談できることは何か」の整理
4. 次の一歩の明確化

特に重要なのは、秘密保持の徹底です。個人が特定される形で情報が経営者に伝われば、その時点で「話しても安全」という前提が崩れます。組織へのフィードバックは、個人を特定できない形に構造化して届ける必要があります。

心理的安全性への投資は、遠回りではない

Googleが180を超える社内チームを分析した「プロジェクト・アリストテレス」では、チームの成果を左右する最大の要因は、メンバーの経歴やスキルではなく、心理的安全性であることが示されています。心理的安全性の高いチームほど、多様な意見を生かし、失敗から学び、メンバーが定着しやすいという傾向です。

【出典】Google re:Work「Understand team effectiveness」https://rework.withgoogle.com/intl/en/guides/understand-team-effectiveness

心理的安全性の回復は、抽象的な「良い組織づくり」の話ではありません。本音が届く経路を取り戻すことで、離職という形での損失を防ぐ、具体的な対策です。

まとめ:心理的安全性という見えない構造に、光を当てる

心理的安全性の欠如は、目に見えません。しかし、確実に組織を蝕みます。本音が届かないまま打たれる対策は、いつも的を外します。

では、貴社の心理的安全性の現状はどうでしょうか。

従業員が最後に本音を口にしたのはいつか。それを思い出せないとしたら、そこに構造があります。経営者が「本当の課題」を知ることから、すべては始まります。

この記事をシェアする